大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(ネ)639号 判決

控訴人 鳥塚健一郎

被控訴人 江上富儀 外一名

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人松田佐太郎は控訴人に対し、別紙目録記載の建物につき、東京法務局中野出張所昭和二十七年七月十八日受付第七九九九号をもつて控訴人のためなされた所有権移転請求権保全仮登記につき、同年十一月十八日代物弁済による所有権移転の本登記手続をなすべし。

被控訴人江上富儀は控訴人に対し、別紙目録記載の建物につき東京法務局中野出張所昭和二十八年一月十六日受付第四九〇号をもつて被控訴人江上富儀のためなされた売買を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をなすべし。

控訴人は被控訴人江上富儀に対し、別紙目録記載の建物につき東京法務局中野出張所昭和二十七年十一月十八日受付第一三二四七号をもつてなされた抵当権設定登記及び同出張所昭和二十七年十一月十八日受付第一三二四八号をもつてなされた所有権移転請求権保全の仮登記の各抹消登記手続をなすべし。

被控訴人江上富儀の控訴人に対するそのほかの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人両名の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、原判決を取消す、被控訴人江上富儀の控訴人に対する請求を棄却する。被控訴人等は控訴人に対しそれぞれ主文第二、三項掲記の登記手続をなすべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人両名の負担とするとの判決を求め、被控訴人両名訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、被控訴人両名訴訟代理人において当審における被控訴人松田佐太郎本人尋問の結果(第一、二回)を援用し乙第九号証の成立を認め、控訴人訴訟代理人において乙第九号証を提出し当審証人高田太吉の証言(第一、二回)及び当審における控訴人鳥塚健一本人尋問の結果を援用したほかは、いずれも原判決事実摘示の記載と同一であるからこれをここに引用する。

理由

別紙目録記載の建物がもと被控訴人松田佐太郎の所有であつたこと、右建物につき控訴人のため昭和二十七年七月十八日受付で被控訴人等主張のような債権元金額十五万円の抵当権設定登記及び停止条件付代物弁済契約に基く所有権移転請求権保全の仮登記並びに同年十一月十八日受付で被控訴人等主張のような債権元金額十六万円の抵当権設定登記及び売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記がなされていること、右同一建物につき被控訴人江上富儀のため昭和二十八年一月十六日受付で控訴人主張のような所有権取得登記がなされていること及び右のうち昭和二十七年十一月十八日受付で控訴人のためなされている各登記は登記原因を欠くものであることはいずれも当事者間に争がない。よつて先ず右昭和二十七年七月十八日受付の各登記につきその登記原因の有無を考えて見る。

被控訴人松田佐太郎本人は、原審及び当審において、右各登記は同被控訴人の知らない間にその意に反してなされたものである旨供述し、原審証人真対民治の証言中にも同証人は右被控訴人よりそのようなことを聞知した旨の供述部分があるけれども、右各登記の登記申請委任状(乙第六号証)及び右抵当権設定登記の原因証書である金十五万円の抵当権設定金員借用証書(乙第一号証)がいずれも真正に成立したものであることは当事者間に争なく、右乙第一号証の作成名義人欄の右被控訴人の署名が同被控訴人自身によつてなされたものであることは原審における右被控訴人本人尋問の結果により明らかであり、又右抵当権設定金員消費貸借の事実を記載した右被控訴人作成名義の控訴人宛念書(乙第三号証)における作成者欄の右被控訴人の署名押印の真正なこともまた当事者間に争のないところであつて、これらの文書が存在すること及びこれに基き前記各登記がなされている事実は右被控訴人がこれらの登記の登記原因を成す各処分行為をしたことの有力な証左であり、このことから考えると、右各文書に関し原審及び当審(当審では前後二回)における本人尋問において右被控訴人本人のなした供述は到底これをそのまま採用することができず、被控訴人等は被控訴人松田佐太郎は文字を解しない者である旨主張するけれども、右被控訴人の前掲各本人尋問の結果から考えても、同被控訴人が果して文字を解しないか否かはとも角として本件のような不動産取引について全く事理を解しない者ではなかつたものと認められ、結局本件に現れたすべての証拠を参酌しても前記各登記が右被控訴人の知らない間にその意に反してなされたものであるとの被控訴人等主張事実を認めるに足りず、かえつて前記乙第一、六号証、成立に争のない甲第一号証、乙第二、四、五、七号証、被控訴人松田佐太郎の署名押印の真正であることが当事者間に争がないので全部真正に成立したものと推定できる前掲乙第三号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果及び冒頭掲記の当事者間に争のない事実を総合すれば、右被控訴人は昭和二十七年七月十七日控訴人より金十五万円を弁済期は同年十月十六日と定めて借受け、その債務を担保するため右被控訴人所有の本訴建物の上に第一順位の抵当権を設定し、かつ右弁済期までにこれを弁済することができないときは代物弁済として右建物の所有権を控訴人に移転することを予約し、同月十八日その登記を経たこと(登記の点は当事者間に争がない。)その後右被控訴人は弁済期が到来しても右債務を履行せず利息の支払さえもこれを怠つたので、同年十一月十八日に至り、控訴人は、右被控訴人に対し該抵当権を実行することを放棄し、右債務に対する代物弁済を完結して本訴建物の所有権を譲受ける旨の意思表示をなしたことを認めることができる。右認定に反する原審証人真対民治の証言並びに原審及び当審における被控訴人松田佐太郎本人の供述は採用することができず、右代物弁済に基く本登記が当時直ちになされることなくかえつて昭和二十七年十一月十八日受付で右建物につき控訴人のため債権額十六万円の抵当権設定登記及び売買予約による仮登記がなされていることは当事者間に争のないところであるけれども、このことは、これらの登記が架空のものであるという当事者間に争ない事実及び右各登記をした事情が原審及び当審における控訴人鳥塚健一郎本人尋問の結果に徴し明らかなとおり控訴人主張のような事情に出でたものであることに鑑みるならば、未だもつて前認定を動かす資料となすに足りず、他に前認定を左右するに足るべき資料がない。

被控訴人等は、仮に被控訴人松田佐太郎に登記されているような抵当債務があつたとしても、被控訴人江上富儀は昭和二十八年一月十日頃右抵当債務二口合計三十万円を控訴人に対し弁済のため提供し、その受領を拒絶されたので同年六月十五日債務者松田佐太郎に代位して右抵当債務元利合計金三十二万五千三百三十三円四十四銭を弁済のため供託したから、控訴人の抵当債権は消滅し、代物弁済の余地がなくなつたと主張するだけれども、被控訴人江上富儀の右弁済供託は前認定の控訴人より被控訴人松田佐太郎に対する代物弁済完結の意思表示の日である昭和二十七年十一月十八日より後になされたものであるところ、債務者がその債務を担保する趣旨で債権者との間に代物弁済の予約をなして後その債務の履行を怠り、債権者において債務の履行を求める代物弁済を完結するといずれを執るべきかにつき選択権を取得した場合において、債権者が代物弁済を選択し、債務者に対し代物弁済完結の意思表示をなした後は、たとえ代物弁済契約の要物性を満足させるための登記等の手続が完了しないため代物弁済がまたその効力を生ぜず理論上は旧債務がなお存在している場合でも、債権者は、債務者又は第三者による一方的な弁済供託によつては、さきに取得した代物弁済完結の意思表示によつて得た地位はこれを害せられるべきいわれなく、かような場合になされた弁済供託は債務を消滅させる効力がないものと解せられるから、被控訴人等の前記主張は採用することができない。

右のように本訴建物の所有権は昭和二十七年十一月十八日代物弁済完結の意思表示により被控訴人松田佐太郎から控訴人に移転することになり、これに基く所有権移転請求権は同年七月十八日受付の仮登記により保全されているから、同被控訴人に対し右代物弁済に基き該仮登記の本登記手続を求める控訴人の請求は理由がある。

又控訴人の右昭和二十七年七月十八日受付の仮登記は本登記のため順位保全の効力を有し、被控訴人江上富儀の受けた所有権取得登記はその順位がこれに後れるものであるから、被控訴人松田佐太郎に対する本登記の請求と併せて被控訴人江上富儀に対し、右本登記がなされると同時に控訴人の本登記後の所有権と抵触する右被控訴人の所有権取得登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求もまた理由がある。

次に被控訴人江上富儀の控訴人に対する請求について考えて見ると、前示甲第一号証、原審証人真対民治の証言並びに原審及び当審における被控訴人松田佐太郎本人尋問の結果(当審は第一回)の各一部を総合すれば、被控訴人松田佐太郎は昭和二十八年一月十六日被控訴人江上富儀に対し本訴建物を代金四十六万円で売渡したことが認められ、その登記があつたことは前記のとおりであるから、右被控訴人はその所有権の取得をもつて控訴人にも対抗することができ、控訴人のためなされている無効な登記については所有権に基いてその抹消登記手続を求めることができる。もつとも同被控訴人のための右所有権取得登記は控訴人のための前記仮登記よりも後になされているから将来控訴人のため右仮登記に基く所有権取得の本登記がなされるときは順位においてこれに後れることになり右被控訴人はその所有権を控訴人に対することができなくなるけれども、それはあくまで控訴人のための本登記がなされてから後のことである。仮登記に基く本登記は仮登記の時に遡つて順位保全の効力を有するものではあるが、そのため登記せられた権利の対抗力が仮登記の時まで遡るものでないことはもちろん、仮登記後本登記までの間において実質的に権利変動のあつた時期まで遡るものでもないから、仮登記のある不動産の第三取得者からその権利を仮登記に基く本登記がなされるまでの間仮登記権利者に対抗することを妨げることはできない。本件では控訴人のための仮登記に基く本登記はまだなされず、単に控訴人から被控訴人松田佐太郎に対する右仮登記に基く本登記の請求及びこれと併せて控訴人から被控訴人江上富儀に対する所有権取得登記の抹消登記手続の請求が本訴の訴訟物となつていて、それが本判決において認容する旨宣言されているに止まり、この判決が確定しても直ちに本登記がなされたことにはならず、控訴人のための本登記は更にその後登記法の定めるところに従い登記申請人からの申請によつてなされるのであるから、現在の段階では被控訴人江上富儀がその所有権を控訴人に対抗することを妨げらるべき何物もない。そうして本件建物につき控訴人のためなされた昭和二十七年十一月十八日受付の抵当権設定登記及び売買予約による仮登記がいずれもその登記原因を欠くものであることは冒頭掲記のとおりであるから、本訴建物の所有権に基き控訴人に対しこれらの無効な登記の抹消登記手続を求める被控訴人江上富儀の請求は理由がある。しかしながら控訴人のためなされた昭和二十七年七月十八日受付の各登記が登記原因を具備するものであることは前説示のとおりであるから、その抹消登記手続を求める右被控訴人の請求は理由がない。

以上の次第であるから、原判決を変更し、控訴人の被控訴人両名に対する各請求はこれを認容し、被控訴人江上富儀の控訴人に対する請求は昭和二十七年十一月十八日受付の各登記の抹消登記手続を求める限度においてはこれを認容し、そのほかの部分はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第九十三条、第九十二条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川喜多正時 小沢文雄 位野木益雄)

目録

東京都新宿区角筈二丁目三十八番地一

同所同番地二

家屋番号同町三八番二

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅兼工場 一棟

建坪十一坪二合六勺

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例